福井地方裁判所 昭和24年(ワ)190号 判決
原告 山川静代
被告 田口昌男 (いずれも仮名)
一、主 文
被告は原告に対し金二万円を支拂え。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り、原告において金四千円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金十万円を支拂え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として原告(昭和四年二月一日出生)は昭和二十三年十月頃から武生市のクローバ洋裁店へ洋裁見習に通つていたが、その頃知り合つた被告から結婚の申込があつたので、これに應諾し、被告(昭和四年八月十九日出生)と夫婦約束をした。その後原被告はこの約束について互に親の同意を得同年十二月二十三日から武生市橘町村田與市方の二階を借り受け、同所に同棲し、事実上の夫婦生活を続けていたが、昭和二十四年二月二十八日被告の実家で家業の農を手傳つていた被告の実兄が死亡するや、被告は原告に対し、亡兄に代つて家業を手傳わねばならなくなつたので一應実家に帰るが、兄嫁の所置さえつけば必ず原告を実家に引取るからと申置いて、同年三月上旬頃、原告を武生市に残したまま福井縣今立郡北日野村の被告の実家に帰つた。原告は被告の言を信じ、当時既に姙娠していて前記村田方で一人で生活することもできないので、福井市の実母方に帰えり実母の世話になりながら、被告がその実家に原告を引取つてくれ、最初の約束通り婚姻してくれるのを待つていたが、被告はその言に反しこのことを履行してくれず遂には原告と婚姻する意思のないことを表明するに至つた。原告は被告のこの理由のない婚姻予約不履行によつて、精神上甚大な苦痛を被つたものである。被告の父は一町歩前後の田畑を有し、農業の傍果樹園を営み、被告はその相続人として現在その家業を手傳つているものである。諸般の事情を斟酌し、原告の右精神的苦痛に対する慰藉料は金三十万円を相当とし被告は原告に対しこれが支拂を爲すべき責任があるものであるから、被告に対し、内金十万円の支拂を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の抗弁事実を否認し、尤も訴外中村三郎を介し被告から金三千五百円を受取つたこと、その際原告において被告との関係を打切る旨の契約書(乙一号証)を右中村に渡したことはあるが、右金員は、原告が昭和二十四年八月二十四日被告の子を分娩したのに対し、出産費用として贈られたものであり、又右契約書は、原被告の婚姻を被告の父に了解させるため必要であるからと謂う右中村の詐言を信じ同人の言うままに書いて渡したものであると陳べた。<立証省略>
被告は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中原告主張の頃、被告が原告と夫婦約束をし、その後原告主張の場所で原被告が事実上の夫婦生活をしていたこと、原被告の出生年月日が原告主張の通りであること、被告の兄が死亡したので、被告が家業を手傳わねばならなくなつたこと及び被告の父が一町歩前後の田畑を有し、農業の傍果樹園を営み、被告はその相続人として家業を手傳つていることは認めるが、その余は全部否認する。原告は被告が実兄死亡によつて家業を手傳わねばならなくなつたため、その実家に赴いている間に、被告に無断で原告の実母方に戻り、その後被告の許に復帰しないのであるから、被告には原告の主張するような婚姻予約不履行について責任がない。仮に被告にその責があるにしても、原告は実母方に帰つた後被告の代理人訴外中村三郎を介し、被告から金五千円を受取り、これによつて被告との一切の関係を打切る旨被告と契約しているから、右契約によつて被告の婚姻予約不履行に基く責は免れ、原告は被告に対し慰藉料の請求を爲し得ないものである。仍て原告の本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>
三、理 由
昭和二十三年十月頃、武生市のクローバ洋裁店へ洋裁見習に通つていた原告が、その頃知合となつた被告から結婚を申込まれ、これを應諾し被告と夫婦約束をしたこと、この約束に基いて原被告は同年十二月二十三日から同市橘町岡本忠市方の二階を借り受け、同所に同棲し事実上の夫婦生活を続けたことは、当事者間爭がなく、成立に爭のない甲第四、第六号証を綜合すると、原被告等は翌年三月上旬迄、事実上の夫婦生活を続けていたことが認められる。右の事実によつて、原被告間に婚姻予約が成立したものと爲すのが相当である。
原告は原被告等の夫婦約束及びその同棲生活について、原被告各自の父母の同意を得たと主張し被告はこれを爭つているが、婚姻予約は將來において適法な婚姻を爲すべきことを目的とする契約であつて、婚姻のように直ちに親族的身分関係を生ずるものでないから、婚姻についての規定である民法第七百三十七條は婚姻予約に対しては、準用すべきでないと解するのを相当とするので原被告等が前記夫婦約束及び同棲生活をした当時未成年者であつても(夫婦約束をした当時及び同棲生活を初めた当時、原被告等が未成年者であり、更に被告は同棲生活中成年に達しなかつた者であることは、当事者間に爭のない原告が昭和四年二月一日出生、被告が同年八月十九日出生であることによつて明である。)、その父母の同意の有無は、原被告等の前記婚姻予約の効力に何等の消長を及ぼさないので、原被告等の夫婦約束及び同棲生活について、原被告各自の父母の同意が有つたか否かについては、特に判断しない。次に成立に爭のない甲第五、第六号証によると昭和二十四年二月二十五日頃、被告の兄が死亡したため、同年三月上旬、被告はその実家に帰えることになり、その際被告は同伴方を申出でた原告に対し「原告を同伴して帰えりたいが原告は姙娠しているので原告の実家で分娩をし、分娩後必ず迎えに行くから」と申し向け、被告のみその実家に帰えつたこと、原告は被告の言を信じてその頃原告の実母の許に帰えり、同年八月二十日男子を分娩したこと、その後被告はその言に反して原告を迎えに來ないばかりか、遂には訴外中村三郎を通じ原告に対し何等の理由も謂わず原告と婚姻する意思のないことを表明するに至つたことを認めることができる。右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると被告は原被告の間に成立した婚姻予約を、これといつて正当の事由がないのに破棄したものと謂うべく、原告はこれがため多大の精神的苦痛を被つたことは勿論であるから、被告は原告に対し右苦痛を慰藉するに足る金員を支拂うべき義務がある。被告は原被告間に原告が被告から金五千円を受取り、これによつて原告は被告との一切の関係を打切るという話合ができていると主張するので、この点について考えて見ると成立に爭のない乙第一号証によると、原告は訴外中村三郎宛に、被告と今後の事は一切打切るため金五千円を受取つた旨の契約書(乙第一号証)を作成したことを認められるが、右契約書を作成するに至つた経緯は成立に爭のない甲第三号証ノ一、二及び甲第六号証によると、原告が男子を分娩した後一週間余りの日に右訴外人が原告の許を訪れ、原告に対し産婆料か子供の着物の費用に充てるようにといつて金三千五百円を渡し、この金の受取書として、被告と今後の事は一切打切るため金五千円を領收した旨の契約書を作るよう求めたので、原告はこれをあやしんだところ右訴外人は右契約書は被告の父の心を和げるために利用するもので、訴外人において必ず被告と婚姻できるよう盡力するから是非書くよう慫慂し、且原告と婚姻する意思の変つていないことをしたためた原告宛の被告の書面を示し、被告の考えもこの通りであるから被告との婚姻は少しも心配することはないと述べたので、原告は被告との婚姻を熱望する余り、右訴外人の言を信じ、被告との関係を打切る意思なく、單に被告の父に利用するために、右訴外人の言うがままに前記契約書(乙第一号証)を作成し、同人に交付したものであることが認められる。
右認定を覆えすに足る証拠はない。そうすると乙第一号証によつても被告の主張するような話合が原被告間に成立したと認められないし、他にこのことを認めるに足る証拠が無いから被告のこの抗弁は採用することはできない。そこで、それならば被告は原告に対し慰藉料として幾許の金員を支拂うべきが相当であろうか。
被告の父が一町歩前後の田畑を有し、農業の傍果樹園を営んで居る者であり、被告はその相続人として家業を手傳つている者であることは当事者間爭なく、甲第六号証によつて認め得られる原告が高等小学校卒業後、武生市のクローバ洋裁店に通う迄は、ミシン裁縫習工、看護婦等をして來たものであり、初婚の身で本件婚姻予約をしたものであること、甲第五号証と証人浅井太郎の証言とを綜合して認められる原告には父は戰時中死亡して既に亡く母と兄と弟があり、兄は精神異常者で、母は織工、原告は雇われ女、弟は日傭として働き、これ等によつて得る收入で辛うじて生活しているものであること、前認定の原被告間の婚姻予約の成立した事情、その他本件弁論に顕れた諸般の事情を斟酌し、原告の前記精神的苦痛に対する慰藉料は金二万円を以て相当と認める。然らば被告は原告に対し金二万円を支拂うべき義務があるものである。仍て原告の請求は、右判定の限度においてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十二條本文、仮執行の宣言につき第百九十六條を各適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 布谷憲治)